食生活



 私の「何となく気持ちが悪い」つわりは、2カ月余り続いた。当然、その間も食事の支度はしなくてはいけないわけで、日本の食材とはほど遠い、おおざっぱな味の異常にでかい野菜や果物、肉のかたまりを相手に、いかに日本の食事に近い味にするかが私の課題でもあった。ところが、日本の食卓を代表する料理の「煮物」が私の大敵だった。要するに、醤油の匂いを身体が受け付けないのだ。

 1日の日課としては、朝7時半に起きて旦那のお弁当を作る。8時に旦那を起こして食事をする。8時半に旦那を送り出してから、リビングのソファーで9時までテレビを見る。9時から寝室に行って12時近くまで爆睡。お昼ご飯を食べてから、3時くらいまでパソコンをいじり、身体の調子を見ながら食事の支度を始めるといった「働く妊婦さん」には本当に申し訳ないほどの怠けようだった。逆にもしかしたら仕事を持って、少し緊張気味に妊婦生活をしている方が、つわりが長引かなくて良いのかも知れない。が、言葉の容易に通じない、どこに行くにも車がないと行かれない、すっごい田舎に連れてこられてしまった私には、一人で出かける勇気も無ければ、用事もない。唯一出かける買い物もスーパー中「冷蔵庫」なのではないかと思うくらい冷房がきいているので、長居は身体によくないし、ポンド(1ポンドは453.6g)単位で売られている肉のかたまりを見るだけで吐き気がする。

 夕方から死にものぐるいで食事の支度をすると、私の食欲は皆無になってしまう。それでも旦那はお酒のつまみが2品あったらいい人なので、かなり助かってはいたのだと思うのだが、天井が異常に高いわが家は、キッチンで作った物の匂いがいつまでも充満していて、とても食欲がわくどころの話ではない。しかしお腹の人の為には何か食べ物を取らないと(実際は、受精卵自体が十分に栄養を持っているので、しばらくは食事をとらなくても育つらしい)・・・・旦那は仕事から帰ってくる時に会社から電話をかけてきてくれるのだが、1週間に2、3度のペースで「マクド買ってきて」と頼んでいた。テキサスの中心部で、魚が容易に手に入らない所でのマクドナルドのフィレオフィッシュは、唯一味が分かっていて安心して食べられる魚で、私はその虜になっていた。

 スーパーで全く魚が売っていないわけではないが、そもそもスーパーで魚を買わなくなったのには訳がある。旦那は石川県の出身で、毎日日本海に鍛えられた美味しい魚を食べていた。アメリカに来て、いくら牛肉が安く、魚が手に入りにくいからと言って、牛肉ばかり食べさせていたのでは可哀想だと思い、スーパーに行って鮮魚(?)コーナーに魚を買いに行った。鮮魚コーナーのおじさんに「なにが美味しい?」と聞いたところ、そのおじさんは「このサメはうまいよぉ〜」とのたまったのだ。「どう料理したら良いの?」と聞いたら「こしょうをふって焼いたらいい」と教えてくれたので、早速買って帰った。ところが、ここでもう一つ問題があった。ウチのオーブンは豚が1匹、まるごと入りそうなくらい大きなオーブンで、私はまだその使い方を教わっていなかった。その必要以上にでかいオーブンに火を入れて「うまく点火しなかったら爆発するかも知れない。爆発したら、私もこの子もおしまいだ」と思うとどうしても怖くて、オーブンが使えなかった。旦那が帰ってくる時間は刻々と近づいてくるし、サメは手元に有る。どうしようと考えた挙げ句、かじきまぐろの切り身のように、ショウガを入れて煮付けてみることにした。見た目はバッチリ、匂いもそれらしいと言うことで、自分の中で納得した。さて、夕食。久しぶりの魚料理に旦那も「おお!今日は魚かぁ」となかなか喜んだ様子。日本から持ち込んだ大切なお酒をグラスに注いでちびちびやり始めたのは良かったが・・・1口2口魚を口に持っていって「この魚何?」と怪訝な顔で聞く旦那。「まずい?」と聞いたら「すっげー生臭い」。こうして2度とスーパーで魚を買うことは無かった。

 もう一つ虜になっていた物がある。アイスクリームだ。ハーフガロン(約2リットル)単位の、でっかい容器に入ったアイスクリームが1週間で無くなる。もちろん食べているのは私一人。ナッツ入りのバナナフレーバーが涙が出るほど美味しい。その他に近所にエイミーズという夜12時まで営業している「31 サーティーワン」みたいなアイスクリームやさんがあって、そこのホワイトチョコレートにカットした苺を入れてくれるのが激旨なのだが、そこにも週に2度は通っていた。実はこのアイスクリーム攻撃が日本に帰ってきてから大変なことになるとは、その頃はみじんも思わなかったのだが・・・。

 旦那と私は、結婚式の新郎新婦の紹介では「スキーで知り合った」ことになっている。まぁ、実際そうなのだが、もっと正確に言えばスキーツアーに参加した際の「宴会」で仲良くなったわけである。要するに「酒が取り持った縁」なのだ。結婚してから旦那のお酒の量は、一応身体のためという名目で私が管理している。ビールはともかく、日本酒は夕食時に2合。結婚前は更に量は多かったわけで、それに付き合って呑んでいた私も、まぁまぁ呑める方だと自分でも思っていた。ところが、妊娠と言うのは恐ろしい物で、その大好きだったお酒を全く呑みたくない体質に変化させられてしまったのだ。これは私に限らず、私の知っている酒好きの妊婦はほとんど体験していることと思う。



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